歌う川 |
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六月、札幌に行った。 この地で僕は「水の列車」という歌集とめぐりあった。 糸田ともよという著者を僕は知らなかった。 というより、短歌のことを、よく知らない。 ただ、知らないけれど、興味がある。 なんせ、穂村弘さんの添削つき講座に、だいたんにも潜入しているほどなのだ。 ただし、興味があることと、知っている、というのは別だ。 この作品集を教えてくれた歌人に、感激のあまり、 「水の列車」は、短歌の王道を行くものですね、と言ったのは僕だ。 彼女は、この大げさなものいいに、驚きながらも、うなづいていた。 ちょっとうれしそうにも見えた。 ずにのった僕は、なんだか、短歌というもののオーソドックスな表現を見るおもいです、 と言った。 もう、彼女はうなづかなかった。 困ったように、糸田さんはかつて詩も書かれていました、とひとりごとみたいに言った。 んなわけで、独走はつづいた。 七月末、また札幌に行ったおり、糸田さんに会うことができた。 そのときは、すでに僕は「水の列車」の愛読者になっていて、 ファンとしてお目にかかったのだった。 その席で、僕は糸田作品をSONGにしたいと、申しでた。 勢いにたじたじとなったともよさんは、つい 「ええ・・・」と言った。 つい、であろうがなかろうが、ええ、だった。 もう、その場で僕の頭の中では、つぎつぎに糸田作品が点滅しだした。、 歌になりたがっている、と解釈したのは僕だ。 |
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その日から、僕の歌集「水の列車」への攻勢がつづいている。 今回、載せた歌詞カードは、八月の横浜・イギリス館公演で、歌ったものである。 つまり、もう書いてしまったのだ。 実は、その公演で、もう一曲、糸田作品を歌っている。 いずれ「歌のはなし」のページで、見ていただくことになると思う。 さて、ここから歌ができていった課程の簡単な説明である。 僕は、当初、糸田作品をそのままSONGにすることを前提にチャレンジした。 まず、気になる短歌をチェックして、ノートに書きとった。 三百首ほどの短歌かから、数十首を、とにもかくにも選び出した。 そうして、それらを眺める日々が始まった。 僕が、糸田作品から強く喚起されたものは、実は風景だった。 なかなか、言葉を音に定着する作業は、はかどらず、 作品を読んでは、白昼夢にひたるような日々であった。 そんな中、糸田さんにオウカガイをたてた。 「水の列車」にある作品を、そのまま音符にしていくのではなく、 糸田ワールドとして、歌に置き換えていいかどうか、であった。 彼女の内心はわからない。 しかし、それを許可してもらえて、僕のSONG作りは、ようやく具体的に始まった。 |
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あらたなる飛礫呑みのみ歌う川 月の破船で待ってる人へ | |||||||||||
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歌集 「水の列車」のラストの歌である。 このページの都合上横書きにしてあるけれど、むろん縦書きである。 この歌が、ラストのものだからという理由はまるでない。 僕はこの歌のおりなす風景に見とれたのだった。 たぶん、かなりの時間が、ただ虚空をにらんだままで通り過ぎていったと思う。 われにかえった僕は、見ていた風景を、歌集の余白に書き取る作業を始めた。 以後、この歌集は、どのぺーじも、 僕の書き込みで埋められていくのだけれど、ご安心ください。 もう一冊、トコノマ用のを所有しております。 以後の記述は、ほんとうは、公開すべきものではないような気もする。 完成したものを、それのみをライブなり、録音盤なりで発表すればいいのだろう。 だから、そうとう恥ずべき所業だとの、自覚もある。 だけど・・・、書き続けてしまう。 このところ「街と飛行船」という歌の歌詞の変遷をおいかけたりもしているし、 もともとフォークソングなんて、他の分野の歌曲とは違い、 移り変わっていくのが、ふつーのことなのだろう、と、ばかり。 ついでに言えば、どうも「夏・二人で」の歌詞の変化にも気がつかれてしまったようだし、 もっと、ついでに言えば、「面影橋から」なんて、2コーラス目はなかったし、 その2コーラス目だって、歌詞が数回で変わったのだ! 開き直ってドースル・・・。」 そうして、さらに、もう、さらに書いてしまうと、 この「歌う川」にしたって、八月イギリス館で歌ったものと、すでにちがうのであーる。 |
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だから、「歌う川」という作品が、どんな課程で書かれていったかを、白状するのなんて、 たいしたことじゃないぞ。 あらたなる飛礫呑みのみ歌う川 月の破船で待ってる人へ まず、この作品を読んでした最初の作業は、以下。 糸田作品を、カイドクするにあたり、あらかじめ購入していた電子辞書により、 「飛礫」は、なんて読むの?と、調べることだった。 お教えしましょう、つ・ぶ・て、と読みます。 あれっ、知ってましたか、しつれい。 どうやら音読できたので、つぎはカイシャク。 「呑みのみ」とひらがなと漢字で繰り返しているのはなんでかなあ。 待ってる人、って必ずしも誰かではなく自分の場合もあるのかなあ。 月の破船、ってもう月に不時着しちゃっているのかなあ。 あらたなる飛礫、ってつぎつぎに生まれてきているということかなあ。 など、など、際限がない。 そうして、こんなつじつまあわせとは別に、風景が生まれては、 それまでの風景に、重なっていく繰りかえし。 ともかく、言葉に置き換えた。 |
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なんだか、のんびりしたものになっている。 こののんびりさ加減は、僕のウリかもしれないが、 糸田ともよ作品のシャープさとは、あまりにもかけはなれていたようだ。 歌詞カードとしてこのページのあたまにあるものになるまで、 こんな作業が数日つづいている。 では、なにが決め手になったのかといえば、それはメロディである。 いたずらにー♪ と旋律が出てきたとき、もうこれで動かすことはないだろうと思えた。 だから、ここで実際に聞いてもらえなければ、これは無駄な文章なのかもしれない。 いずれ、こんなページでても音を聞いてもらえるようにゼンショしますっ。 真夜中、このフレーズを譜面に書き取り、一人でかんぱいしたのだった。 しかーし。 書いたように、歌詞は日々移ろう、なんて、言ってる場合なのだ。 イギリス館ライブからも変わってしまったほどなのだから。 今後も、おいおい変わっていくでしょう。 オイオイ・・・? |
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いちおう完成した?歌詞のみを上に書いてみた。 水辺のあたり、というたるーい言い回しはなんとかしなくてはね。 各コーラスの一行目は、歌の都合上、4,5音節にしたいのです。 “登場人物”をあるていど、特定できるほうがシンプルかな。 各コーラスの最初の言葉は、ちょっとブツカる音があるほうがいいかな。 これはこれで、あると思っていもいるのデス。 と、これ誰に飛ばしている暗号だと思う? 実は糸田さんへ。 これ読んでくれていたらうれしい。 おちえはいしゃく。 実は、糸田さんとは、スイメンカでちよっと作業が進行している。 まだまだ、むずかしい箇所もあるのだけれど、進んでいるのは確かだ。 イギリス館で歌った、もうひとつの糸田ワールド「地下書店」仮題、という歌についても、 なるべく早期に、ここに書きたいし、つぎの作品にもとりかかりたい。 この「歌う川」については、随時書き加えていこうと思う。 |
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参考資料
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