風が吹きぬけて |
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「バターが溶けない真昼の夏」というフレーズを使った歌をかいたことがある。 未公表のままに終わっているものだけれど、この歌詞は、ぼくの実感である。 実感だと力むわりには説得力が不足している歌詞だということも、実感している。 根拠はいたってシンプルで、北国の、名ばかりの夏は、 バターは日差しの下でさえ、溶けないのですねってホントーですかね。 そして、この「風が吹きぬけて」の舞台も、 そんな北国ではないのか、と、今おもうのである。 コートの襟を立てているぐらいだから、秋から冬にかけてだろうけれど。 などと、作った本人が季節ぐらいを、特定できないのも、情けないですか。 と、いうのは、ばくぜんとこの歌を思い出しているとき、 ぼくは季節の設定は「バターの溶けない真昼の夏」だと考えていたのだ。 そしたら、コート云々が書かれているので、あわてて、夏であるのを撤回したのだが。 |
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したのだが、まだ自分で納得できていない。 ほこりの質を、どうのこうのいうのも、細かすぎると思いつつ、 でも、この歌に出てくるほこり≠ノ含まれる舗装道路の粉塵は、 そんなに多くなさそうに思いませんか。 全然無いのではないけれど、まず土ぼこりであり、草の種子や濃霧なども混じっていそう。 これはやっぱり、 北海道釧路市浦見町の未舗装の道路上の出来事である可能性が高いと、 言わねばなるまい。 それも、時は1960年代。 「風が吹きぬけて」という、LPの片隅にあったこの歌を知っていた貴重なかたへ。 ちがうことを、想像して聞いていたとしたら、それでいいのですよ。 と、弁解に走っている。 今回のぼくの特定は、実はたった今思いついたことなのだ。 ふぅー、アナタのイメージの邪魔をするところでした。 ふつうに考えれば、この歌の舞台は1970年代の、東京は渋谷道玄坂か。 ち、ちがうって・・・。 |
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歌詞の舞台はともかく、この歌のポイントは、作者が「小林旭」を意識していたことだろう。 ぼくは知っている・・・。 この方の歌に魅せられていながら、 ぼくは、当時まだかなり高かった垣根の外にいたわけで、 そして、現在も垣根の外で暮らしているので、ドウデモイイカ、 とっても、おんなじ国の中で歌っているものドーシとは認識できなかったのだ。 自分でちょっと、この方のまねするぐらいならいいかと、 この曲を書いて、担当ディレクターと編曲者に、そのことを、声高らかにつげたのだった。 反応はきわめて、プアーであった。 フォークで売り出し中の新人歌手の発言としては、 立場をわきまえない、とるにたらないものとの判断があっのだろう。 このLPの録音が、ぼくとしてはソロの最後のものである。 このあとバンドを作り、「ペーパーランド」というLPを発表し、 メジャーと一されるレコード会社での活動をやめた。 |
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この歌を書いた前後に、 阿久悠作詞、大瀧詠一作曲、小林旭歌唱による「熱き心に」が発表された。 衝撃的な作品だった。 ぼくの評価では、日本歌謡曲の代表曲と位置づけている。 そして、ぼくにはとうてい書けないという、劣等感まで頂戴してしまった歌だ。 もし、「風が吹きぬけて」が「熱き心に」より前なら、偶然だし、 あとなら、よくぬけぬけと、書いたな「風・・・」の作者はと思う。 ただし、ぼく個人としては、この二曲が時期的にかさなったことは、 象徴的であった。 ぼくは、長く歌を人前で歌うことから遠ざかった。 |
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