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C E C F A ÷ 逃げる 僕 おいしい 白い 絵の具 D A 電車が踏み切りを真っ二つ D A 白い玉 アメリカンロール E♭ B♭ E♭ B♭ A7 G7 パクパク 食べて 並んで 遮断機の前 C E C F A ÷ 逃げる 僕 おいしい 白い 絵の具 D A 喫茶店に 入ろうかどうか D A 迷うたびに 君が笑う E♭ B♭ E♭ B♭ A7 G7 もう直ぐ気が変わり もう直ぐ行ってしまうのかな C E C F A ÷ 逃げる 僕 おいしい 白い 絵の具 D A 映画を 見ていた僕たち D A 知らぬ間に 朝がやってきて E♭ B♭ E♭ B♭ A7 G7 七百円ばかりと コーヒーを 飲む約束 C E C F A 逃げる 僕 おいしい 白い 絵の具 |
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この曲は、僕の最初のソロアルバムである『忘れたお話』に 歌詞カードだけは掲載したものである。 ちょっとしたいたずら心がなかったわけではないけれど、 アルバムに収録したいという執着心が結構あったのだと思う。 日々のありふれたスケッチだけれど、 今読み返すと、何か当時の風俗を感じてしまう。 ことさらに、そんな意識で書いたわけではないけれど、この歌は特に強いようだ。 最近、掲示板でどういうわけだったか、 白い絵の具は本当に美味しいのか、ということが話題になった。 ちょっと特殊な話題にすぎないかと思っていたら、意外にもりあがった。 甘いのだそうた゛。 美術の先生がいったから間違いない、というオスミツキであった。 そして、やめたほうがいい、という注意書きがそえられていた。 やめたほうがいいだろう。 しかし、紅い絵の具は辛いのか・・・ 大昔、鉛筆をなめる癖のある子はよく注意されたものだ。 ナマリが入っているといううわさだったけれど、本当だったのだろうか。 |
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そして『アメリカンロール』も、掲示板で話題の花が咲いた。 それも、寿司の種類の名前として市民権を得ているという、 僕としては思いがけない知識を得た。 この歌の場合は、パンの種類であるし、それ以外にあるとは、 僕は考えもしなかった。 並んで遮断機の前で“寿司”たべているんじゃあね・・・ それから、この立ち食い、という所作は、今では当たり前の風景だけれど、 当時は、存外少なかったし、女性がこうするのは、 それなりに勇気が必要だったのではなかっただろうか。 はるか昔のことではあるが、『お菓子と娘』という歌をご存知か。 お菓子の好きなパリ娘、 二人そろえばいそいそと角の菓子屋へボンジュール 選る間も遅しエクレール 腰もかけずにむしゃむしゃと食べて口ふくパリ娘・・・ と、続く。 これほど、“ザンシン”な景色だった時代もあるのだ。 何かを食べる動作は色っぽ過ぎるので、異性には見せられないと、 気をつかった時代もあったのは、本で読んだ。 しかし,食する、という行為は時代がかわっても、強く本能に則したものだから、 羞恥心が付きまとうのは当然だろう。 どんな時代でも・・・ |
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“喫茶店”はまだ死語になっていないのだろうか。 もし残っているにしても、それほど長いイノチじゃないはずだ。 だいたい、喫する、という動詞は喫煙以外にはほとんど使われなくなっているだろう。 僕の十代、二十代の喫茶店はお茶を飲むというより、 時間と空間をかりに行ったものなのだ。 時には独りで本を読むために、時には数人でのおしゃべりのために。 そしてなによりも大事だったのは、恋人と二人になるために。 僕の田舎がのちに“画期的”だったと知った。 なにしろ、高校生同士でも喫茶店に入ってよかった。 気をつけなくてはいけなかったのは、 喫茶店によってそれぞれの高校の“公認”が決まっていたことだけだ。 |
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深夜映画。 都内の繁華街では、ごく普通の出来事だったけれど、 今はどうなのだろう。 朝まで数本立ての興行が打たれていた。 じつは僕は、当時の学生としては珍しく「朝までなま映画」の経験がない。 映画館に入ると頭痛を起こす手体質だったのである。 子供のころから学校での映画鑑賞は、教室に居残りすることが多かった。 だから、この歌詞は想像の産物でしかないけれど、徹夜はよくした。 僕に限らず若いころの「特権」だろう。 ところで、今思い出す映画をあげておきます。 「禁じられた遊び」「シェルブールの雨傘」「あかい風船」「旅芸人の記録」 アマイのばっかし… 「逃げる僕」 これを書いた当時、この部分はてっきり僕自身の感覚だろうと考えていた。 今読み返すと、このあたりがすでに当時の「風俗」だったらしいときがつく。 微妙に共感をえることができた歌だったというのは、 情感のありようが、まさに「時代」だったのだ。 こういうことを避けて通りたい自意識など、 言葉で、その時間を語ろうとするものにとって不可能でしかないし、 その必要もないということだろう。 |
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