歌のはなし 曲名 公表作品 作詞者 作曲者
007 冬のロボット みどりの蝉 及川恒平 及川恒平

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  C       Am       Dm7      G7
冬の     ロボット    ラジオを    拾った
   Dm      A7       Dm7      G7
知らない  言葉が    こぼれて     来るだけ
   C     Am        Dm7      G7
ひとり    困って     もとへと    戻した
   C      Em      Dm/F      C      ≒
生まれた   ころの     ことを     教えて 


  C       Am       Dm7      G7
冬の     ロボット    カラスを    見かけた
   Dm      A7       Dm7      G7
雪つむ     畑で     まなこを    閉じてた
   C     Am        Dm7      G7
返事の   代りに     ゆらゆら     揺てた
   C      Em      Dm/F      C      ≒
生まれた  ころの     ことを      教えて 

   C        Am        G7         ≒ 
ラララララ             遅いかな
B♭Δ          F         C        ≒
ラララララ            会える かな


  C       Am       Dm7      G7
冬の    ロボット     花火が   上がった
   Dm      A7       Dm7      G7
日暮れの  荒れ野に   ポツリ と  はじけた
   C     Am        Dm7      G7
祭りは   何にも     残さず     終った
   C      Em      Dm/F      C      ≒
生まれた   ころの      ことを     教えて 

   C        Am        G7         ≒ 
ラララララ             遅いかな
B♭Δ          F           C      
ラララララ             会える かな



03年  公園

 季語の必要性云々は、続いているのだろうか。
そして、出口はみえてきたのだろうか。
ぼくの知り合いである川柳作家の野沢省悟氏の作品は、
そのようなシンドイ論争とは無関係に、立っている。
ほくは、もちろん部外者なので、季語の存在理由を弁護も非難もする立場にない。
そうして、そんな者のつねとして、『季語』をあそんでみたくなる。
冬のロボットと言う言葉はそうやって、出てきた。
冬がついたら、無条件で『冬でしょ』というのも忘れて…
連想ゲームとして解釈すれは、ロボット=金属=冷たい=冬、と言った程度のものだ。
でもね、あいらしくないですか、『冬のロボット』って。

 ところで、この『あいらしい』というニュアンスは、
句の世界では、けっこー評価がひくそう。
だからです、ぼくが『歌』にしたのは。
とりあえず、いまのところ、ナンデモアリの世界ですからね。
もし、このロボットに、ほかの何かを連想するとしたら、せいぜい自分の姿でしょうか。
 そしてそれが、ジュディ・ガーランド主演の『オズの魔法使い』にでてくる、
ブリキの男にちょっとでも似ていたらなと、アコガレマス。
                                     (以上 平成13年記)
 半年もたつと、いろいろある。
野沢さんには、十二月青森でのぼくのコンサートのおり、
うちあげの宴会で久しぶりにいっしょさせてもらった。

ほんのすこしではあるが、「うた」のはなしができた。
彼は昨春、奥方との共著として「七夕物語」を発表された。
野坂徹夫さんの装丁によるこの本は、なんと言う手ざわりのよさだろう。
今、内容のことを想像した方、ただしいが半分までだ。
実際にこんな手ざわりの本はそうは多くないだろうと思う。
そして現在、川柳がになう役割りが小さくないことに、
読者は気づかされるにちがいない。


 
 「七夕物語」 領価1,000円 
〒039-3154
青森県上北郡野辺地町字上小中野38-13 木精舎
          п@0175-64-3511



 「冬のロボット」については、
ここしばらくコンサートではなつかしのフォーク大会をしてきたせいで、
歌う機会があまりなかった。
この歌はつい目いっぱいに歌ってしまう習慣がついていたので、
これをきっかけにして、軌道修正をはかりたい。

 目いっぱいって、なんでもろくなことがないからね。
年おいての目いっぱいは、ミジメなだけだものね。
若いころのそれは、もしかしたら体力が少しは保証もしてくれただろうが、
朝、家を出るときに「キョウモブジデ」などど、
ちょっとでも考えてしまう年になったのだから。
 え?あなたはまだちがうんですか。
 え?ぼくは少数派なんですか。
 話は直角に方向転換。
 テニスの試合では、この「目いっぱいじゃない」たたかいが、
ベテランの部では大切なんですね。
ぼくのテニスのお師匠さんは、五年ほど前になくなりましたが、
この方はすさまじいまでにまっすぐ自分の道を走りきったのです、生き方としても。
 当然、彼の教えは「やればできる、やらなきゃデキナイ」というものです。
純粋培養に近いぼくは、練習のたびにコートをころげまわり、
塩カルのコロモをつけてあとはあげてもらうだけのコロッケ状態の日々でした。

 最近になり、ベテランの試合に出るようになって、「目いっぱいじゃない」、
確実性の高いテニスを見せつけられています。
こういうレベルのトーナメントに出てくる方々は、ぼく以外はほんとうに強いですよ。
                
                                        
2002年3月17日記

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