歌のはなし 曲名 公表作品 作詞者 作曲者
004 夢のまた夢 『六文銭メモリアル』
北村魚・及川恒平 及川恒平 






夢のまた夢 なんの夢
あの街この街 日が暮れて
赤い草履の 緒が切れた
夢のまた夢 なんの夢 


夢のまた夢 いつの夢
回り灯篭 辿るような
一人ぼつちの 隠れん坊
夢のまた夢 いつの夢 


夢のまた夢 おそい夢
落ちてく黄昏追い掛けて
はぐれた片手のお人形と
夢のまた夢 おそい夢


夢のまた夢 だれの夢
お背戸の薮の 指切りを
いつか忘れた 花嫁の
夢のまた夢 だれの夢 


夢のまた夢 遠い夢 
あの子と二人 海の中
それとも一人で船に乗ろ
夢のまた夢 遠い夢  
Dm A7 Dm  ≒
Dm  Gm ≒  A7
C  Em Am  ≒
Dm A7 Dm  ≒


Dm A7 Dm  ≒
Dm Gm ≒  A7
C  Em Am ≒
Dm A7 Dm  ≒


Dm A7 Dm  ≒
Dm Gm ≒  A7
C  Em Am ≒
Dm A7 Dm  ≒


Dm A7 Dm  ≒
Dm  Gm ≒  A7
C  Em Am ≒
Dm A7 Dm  ≒


Dm A7 Dm  ≒
Dm  Gm ≒   A7
C  Em  Am ≒
Dm A7 Dm  ≒





2001年・聴j松閣

 ぼくの二十代に作ったものだが、劇中歌だったかさえ、すでに忘れている。
きっとそうなのだろう。
 北村は、ぼくの青学の演劇部時代のメンバーで、本来は女優だが、
現在は演出を兼ねているらしい。
 なかなかユニークな絵を描くひとで、そちらのほうでも活躍してほしい。

 ぼくのソロのファーストアルバム『忘れたお話』のジャケットの絵をはじめ、
ぼく関係でも、けっこう絵の仕事をしてくれている。
音楽系の雑誌にぼくの歌詞と組み合わせて、
絵本風のページを構成したり、ぼくの雑文には、よくカットとしてクレヨン画を提供してくれた。

 また、千趣会で作ったぼくの詩集は、彼女の絵とのデュエットである。
 ところで、あの詩集は市販したのだろうか。
たしか、十人ほどの文章書きのシリーズとして作った豆本だった。
 

 さてこの歌だが、六文銭でのレパートリーだ。
演歌的なリズムと言葉を多分に意識している。
ちょっとしたヒネリはくわえられている、との思いもあるのだが、
基本的には、演歌、もしくは時代がかった童謡だろう。
書かれている世界は、今思うと、ぼくというより、トト(北村)のもののようだ。
正確には、あの時代のものと言うべきか。

 六文銭の歌としては、ゼッタイウケナイ自信があったのだが、
一時期は六文銭のメインレパートリーだった。
これも時代のおかげと言っていいだろう。




  この頃、ブンチャチャブンチャー、ブンチャチャブンチャーという
オモッ苦しいエイトビートとでも言えるこのリズムは、別に演歌独特というのでもなかった。
さすがグループサウンズ時代にのその手の楽団には
少なかったと思うが、和製フォークソングには登場したような気がする。
とくにアングラ演劇とむすびついたフォークにはあっただろう。  


  僕の書いた曲が書店に並ぶようなものに初めて載ったのを、書き留めておきたい。
中村とうよう氏がつくった「ニューミュージックマガジン」は当時、
レコード会社からは相手にされないような歌を譜面で紹介するページがあった。
たしか1970年の12月号だったと記憶するが、ぼくの作曲したものが掲載された。
「グッバイ、ジョー」という流山児祥さんの作詞によるその歌は、夢のまた夢と同様の

ブンチャチャブンチャー

のリズムで書かれたものだった。 
 ただし歌詞は過激という理由で変えられていた。
どうということもない言葉の羅列だったが、どんな理由で発禁にもっていかれるかわからない、
そんな時代だったということだろうか。 

  そんな周りの緊張感を横目に、ぼくは近所の書店で、その号を二冊買った。
うれしかったのだ。                           
                                           (2002/3/24記)







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