水のカノン

歌のはなし 曲名 公表作品 作詞者 作曲者
082 君は誰かな 地下書店
糸田ともよ 及川恒平
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  E          ÷        F#m         B7  /  E  
艶めく  闇の ピアノの 肌に  白波 たって  にわかに  しぶく

   E         ÷         F#m        B7 / E
揉まれて 惑う ことのはの 舟   刹那 きらめき  刹那 くぐもる

    A        E       A   /  B7    E  
水のカノン  水のカ ノン   水のカノン  水の カ ノン


 E          ÷         F#m       B7 / E  
夜の 底まで  張り渡 された  銀の ピアノ線 震わせ ながら

   E        ÷           F#m       B7 / E
見えない 指を 追掛け ていく  はぐれぬ 様に  縺れぬ 様に

    A        E       A   /  B7    E  
水のカノン  水のカ ノン   水のカノン  水の カ ノン


   E         ÷         F#m        B7 / E
溶ける 間際の 歌に 寄りそい  柔らかい 右手 柔らかい 左手

  E         ÷         F#m       B7 / E
流れに ひるむ 君の 眼差し もっと 躊躇らい もっと 重なる

    A        E       A   /  B7    E  
水のカノン  水のカ ノン   水のカノン  水の カ ノン


  E          ÷          F#m       B7 / E
夢の 果てには 届かな くても  一人分の 夢  二人分の 夢 

 E        ÷        F#m        B7 / E
鏡の 創へと 息は 近づく  遅れぬ ように 縋らぬ ように

    A         E      A   /  B7    E  /  B7 
水のカノン  水のカ ノン  水のカノン  水の カ ノン  水のカ


ノン




揉まれて惑う、ではない、
揉まれて惑え、と。

何度、命令形にしたかったことか。
そしてそのたびに、やっと思いとどまった。

惑う、のみならず、
この詩にある、すべての動詞を、
命令形にしたかったのだ。

詩人はあっさりとこう書いている。

にわかにしぶく、と。

せつなきらめき、と。

せつなくぐもる、と。




ある日、真夜中の自室で、
ぼくは、ギターをつま弾きながら、
淡彩画の裏にある下絵を見つけた。

じつは詩人は、
その祈りを自身に封じこめたのではない。
過程を記録するふりをしながら、
結果のみを、書き記したのだと。

寄り添え、とねがった直後に、寄り添い、
かさなれ、とねがったから、かさなり、
近づけと、言った刹那、近づいている。

さらに、この現在形は、
瞬時に過去形に変身してゆく。

寄り添ったであり、
かさなったであり、
近づいた、というのだ。

こうして、現在形は、
それぞれの動きに、
つかのまの残像を付加つつ、
あざやかに静止する。




ひとは、そのとき、息をふかくつくだろう。
ふるえる手足を、もてあますだろう。
にじむ汗に、呆然と身をゆだねもするだろう。

しかし、どういうわけか、
この言わずもがなの現象には、
詩人は見向きもしないのだ。

これらの生理的な仮象は、
喩を含まぬという理由により、
詩人の目に写ることはありえない。

つまり、言語描写とは、
自らの限界を忘れる時空においてのみ、
立ちふさる厚い壁を、こわすことになる。

その行為を支えるのは、
あどけないとほどの観察眼。

この詩人。




たとえば、こうだ。

書きとられたあげく、陽に晒され、
いったん、死に絶えた登場人物。

この実験動物としてのヒトは、
詩によって滅び、
そして、異空間をさまようためにのみ、
あらたにうまれいづるのだ。

それら、詩人の営為は、
一見ひどくシンプルなものにすぎない。

初めて日記帳をひろげて、
見たままを、
おぼえたばかりの文字で書く子供のような。




言い換えない、言い足さないことによって、
達成という領域にいたるのを、
詩人は肌にまとうという方法で。
いつのまにか見知っているのだ。。

十全たる結末は、
願望をはるかに超えた姿で実現する。
エロスの巨大な波。




いま歌い手は、
どこからか聞こえる声を復誦するのみ。

よびかけなくていい。

うったえることもいらない。

もしかしたらすでに、
思い浮かべさえしなくていい。

結果は、すでにあるのだから。




ひとりごとに導かれるままに
ぼくは、うたう。
詩人に手をかしているのか。
それとも、
あやつられ、再生をとげる一人なのか。

いずれにしても、至福のまっただなか。
 
2010年「地下書店」及川恒平ソロ CD収録

関連ページ  http://melharp.asablo.jp/blog/

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